MAYUKO INUI

読書日記#1
津島佑子『夜の光に追われて』

#My Reading Diary

津島佑子『夜の光に追われて』

津島佑子のことを知ったのは、上野の「ROUTE BOOKS」だった。店内に並べられた本の中で、なぜか目に入ってきたのは、河出書房新社のムック本『津島佑子:土地の記憶、いのちの海』だった。津島佑子の横顔が大きく写し出されている表紙をよく覚えている。そのときはお金がなくて結局その本は買わなかった。けれど、いつか読まなきゃという気持ちがずっとあった。

9月1日から、私にとって初めての個展が始まり、気持ちがずっと慌ただしいときだった。特に、私のルーツを遡って母方の高祖父が書いた本を読み解いていく新作は、直接的に自分の精神に負荷がかかる作業だった。そんな中で、ついに38度台の熱が出て寝込んでしまった。数日間寝続けたあと、少しであれば本を読める具合になってきた。東京の家の小さな本棚を眺め、カバーがかかっている一冊の文庫本を取り出してみた。開くと、岩波文庫の『中上健次短編集』だった。ぱらぱらとページをめくると、「母系制」という言葉が出てきた。自分の作品で高祖父が唱えた父系制および家父長制について悶々と考えていた時期だったので、これまた近しいキーワードが出てきたことに怯え、そっと本を閉じてしまった。「今は無理」と思ってまた本棚を見ると、津島佑子『夜の光に追われて』が見えた。講談社文芸文庫の表紙の静謐な感じに惹かれてこれを読むことに決めた。裏表紙に書かれたあらすじを見てみる。


9歳の男の子を突然喪った「私」の深い悲しみと祈り――王朝文学の傑作『夜の寝覚』の作者へ宛てての手紙。千年の時空を超え、しかも交響する“物語”と“物語”。現代小説の新しい可能性を常に切り拓く、津島佑子の読売文学賞受賞の代表的作品。

津島佑子『夜の光に追われて』講談社文芸文庫

これは偶然にも、私が作っている作品にとても近い構造の小説だと思った。このウェブサイトにも載っている作品《月へは帰らない》や《葛の葉の歌》は、竹取物語と葛の葉伝説を下敷きにした作品であり、何千年も前に生きていた(であろう)かぐや姫、葛の葉のことを想いながら作った作品なのだ。いつも自分のことに引きつけたがる私は、期待しながらページをめくっていった。

〈私〉から、平安時代に実際に書かれた物語『夜の寝覚』の作者へ宛てた手紙と、『夜の寝覚』の物語が交差する。おそらく津島自身の実体験が色濃く反映された手紙には、シングルマザーとして育ててきた幼い子供を突然、浴室での事故で亡くす母親の戸惑いと哀しみが、とても素直で簡単な文体で書かれている。「柔らかい体に触れたい」「なぜあの子がここにいないかが分からない」このような平易な言葉で書かれると、彼女の悲しみがそのまま、強くまっすぐ伝わってくる。そして、『夜の寝覚』の珠子の悲しみ。姉の結婚相手である宗雅と体を交えてしまった珠子は、それが初めての体験だったにも関わらず子を宿してしまう。一方姉の冴子は宗雅との間に子供ができないことに悩んでいた。とても仲の良かった姉妹が、これを機に離れ離れになってしまい、自分の運命を呪う珠子。
『夜の寝覚』には、このような人間関係の他に、生と死についても書かれている。現代よりも死が身近にあった平安時代。〈私〉は、手紙の中で、死は生に内包されているものではないかと考える。子供に先立たれた母親として、なぜ自分が死ななかったのか、なぜ他の子供ではなく自分の子供なのかと日々苦しみ続けた〈私〉にとって、死が生とともにあるというのは救いではなかったか。なぜなら、死の世界には子供がいるから。生の世界は死の世界と確かに繋がっている。それは、直線上に繋がっているのではなく、円環としての繋がりなのだ。